日常生活の異常心理1901-002/1930.ja
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    第一章 固有名の忘却

    西紀一八九八年度の精神病學神經病學月刊雜誌上に「忘却の心的機
    制」なる題下に一小論文を
    公にしたが私は此處にその内容を今一度述べてこれからの論述の出發點にし
    よう。該論文に於て私は
    私の自己觀察から得た意義ある一例に就て固有名の一時的忘却の屢々起る
    場合を精神分析にかけその
    日常起る事であり實際上餘り重要でない心的官能―記憶―の職業の箇々の
    出來事はこれ現象の一
    般の評價を遙かに超越する説明を許すものであると云ふ結果に到達したので
    あつた。

    心理學者に對して私共が確に知つて居る筈であると信ずる名が思ひ浮ばない
    事があるのは、一體ど
    うなるのか、とたづねるならば、彼は確に固有名と云ふものは他の記憶の内容
    よりも忘却され易いも
    のであると答へるだけに滿足して居るに違ひない。彼はこの固有名の忘れら
    れ易い事に就てそのまこと
    しやかな理由を色々とあげるであろうが、しかもこの過程の他の條件を假定
    しないでであろう。

    私がこの一時的の固有名忘却の現象を詳細に研究しようとするに至つた發端
    は或箇々の觀察で
    つてこれは凡ての場合に見らるるものではないが、箇々の場合には十分明
    らかに認識し得るものであ

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    る。かくの如き場合には単に忘却せられるのみではな
    くあやまり追想せられるのである。忘れられた名
    を思ひ出さうと努力しつつある人に他の名–
    補充名–が意識にあらはれ、これは本當の名でない
    事が直ちに認められるけれども、それでも頑強に繰返してあらはれて来るのである。求めらるる名の
    再生の過程は謂はば移動で、他の本當でない補充に向つて進んだ事になる譯である。其處で私の限定
    はとの移動が心的隨意に放任されるものではなくて規則的なる勘定し得べき道程を保つて起るもの
    であると云ふ事にあるのである。言ひ換へれば私は補充名に求めらるる名との間には探し出す事の出
    来る關係がある事を假定するのであつて、この關係を實際に證明する事が成功するならば私は「名
    の忘却」の成行に就ても明かにし得るものと信ずるのである。
    西紀一八八八年に私が分析のために選んだ實例は
    Orvieto の大寺院に於て『窮極の物』(
    Letzte
    Dinge1))を課者註–四窮極物、死、世界の審判、天國、地獄–と云ふ大壁畫を創作した名畫家の名で
    あつて、私はこれを思ひ出さうとしてどうしても思ひ出す事が出来なかつたのであつた。求められた
    る名即ち Signorelli の代りに他の二人の畫家の名–
    Botticelli 及び
    Boltraffio –が私の腦裏に泛
    び而かも私の判斷は直ぐに又たしかに本當の名でないとしてこれを斥けたのであつた。如何なる影響
    により又如何なる聯想の徑路を經て再生が斯くシグノレリよりボッティチェリ及びボルトラフィオに移

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    動したかと云ふ研究は次の結果に到達した。
    (a) シグノレリなる名が忘れられた理由は、この名其のものの特徴にも又この名が嵌め込まれてゐ
    た關係の心理學的特徴にも求むる事が出来なかつた。忘れられた名は私にとつては補充名の一つなる、
    ボツテイツエリと同じ程度に親しいものであり、他の一つの補充名なるボルトラフイオとは比較になら
    ぬ程親しいものであつたのであつてボルトラフイオに就ては私は彼がミイランド學派(ミラン派)に屬
    して居ると云ふ事以外に何も云ふ事は出来なかつたのである。名の忘却の起つた關係は然しながら私
    にとつては無害なものとしてあらはれ、次に述ぶる事以上の説明に導かないものであつた。私は或る外
    國人と一緒にダルマチエンのラグザと云ふ處からヘルツエゴウイナの或る停車場に向つて車に乗つて
    行きつつあつた、そして私は伊太利旅行の事を話し合つて居り、私は道伴れに向つて彼れがすでに
    オルヴイエートに行つた事があつたかと云ふ事、それから其處で×××の有名な壁畫を見たかどうか
    とたづねたのであつた。
    (b) この名の忘却は私がこの對話の直ぐ前の話題を思ひ出した時に初めて理解され、新らしく起つ
    た話の題目からその直前の話題によつて障碍された爲めに起つた事が認識されたのである。私が道伴れ
    に對してオルヴイエートに行つた事があつたかと尋ねた少し前に私はボスニエン及びヘルツエゴヴイ

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    ナに住んで居る土耳其人の風俗に就て話し合つてゐた。私はこれらの土耳其人にまじつて醫術を開
    業して居る同僚から聞いた事を物語つた。それはこれら土耳其人が醫師に對して絕對の信用を置き運
    命に對する完全なる服從を示すのを例とすると云ふ事であつた。醫師が彼等に向つて、患者は最早だ
    めであると告げねばならぬ様になつた場合に彼等は『先生、何とも申上げ様ありません (Herr, was ist
    da zu sagen?)』私は患者が助かるものならばあなた方が彼を助けて下すつたにちがいひない事を知つて
    ゐます』と答へると云ふ事であつた。—これらの文章の中に初めてシグノレリとボッ-
    トルラフィオの間の聯想の一つ一つの列の中に挿入され得る言葉や名即ち Bosnien, Herzegowina,
    Herr 等が存在して居るのである。
    (c) 私はボスニエンに住んで居る土耳其人の風俗に關する觀念列に次に起つて来る一つの觀念を障
    礙する能力が興へられたのは、私がその觀念列が未だ終らない前に私の注意をこの觀念列から撤回し
    た結果であると假定する即ち私は自分の記憶に於て第一の珍聞の近くにあつた、第二の珍聞について
    物語らうと欲したイを記憶して居る。これらの土耳其人は、性慾の滿足を他の凡てのもの以上に價値
    づけ性慾障碍のある場合には一種の絶望に陥り、この絶望は奇妙にも死の危険ある場合のあるあめに
    對比して目に著くのである。私の同僚の一患者は嘗て彼に向つて『先生それ(性慾の滿足)がためになれ

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    ば人生は価値がないでせう」と云つたのである。私はこの特異なる事を話す事を抑壓したのである。
    何故なれば私は見知らぬ人との談談に於てこの題目に觸れたくなかつたからである。そればかりでは
    なく私は注意を『死と性慾』の問題に關聯する考慮の續行よりして他に外らせたのであつた。當時私
    は數週間前 トラフオイ1) と云ふ處の短い滯在の間に得た一つの報知の餘効の下に立つてゐたのであつた、
    それは私が非常に骨折つて治療をした或る患者が不治の性的障碍の結果自殺を敢てしたとの報知であ
    る。私はヘルツェゴヴィナへの今回の旅行には、この悲しむべき出来事及びこれに關聯して居る凡
    ての事が意識的には追想されなかつた事を知つて居る。然しながら トラフオイ と ボルトラフイオ との一致點
    はその頃この追想が、私の注意の故意の轉向に抗して私に於て有効になつた事を假定するやうに私を
    強ふるのである。

    (d) 私はシグノレリなる名の忘却を、最早偶然の出来事と解する事が出来ないでゐる。私はこの
    過程に於て一つの動機の影響を認めざるを得ないのである。それは(土耳古人の風俗云々2)に關する)
    私の話を中斷させ、これに關聯して居る考へであつてトラフオイに於ける報知に迄進む筈であつた考
    を意識されない様にした動機であつたのである。即ち私は或事を忘却せんとし欲し、或事を壓迫したの
    であつた。勿論私はオルヴィエートの名畫家の名とは別の何かを忘れようと欲し誤でであつたが、こ

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    の別のものは名畫家の名との間に自ら聯想的結合を作り、そのため
    に私の意志行爲はその目標をとりちがへ、私がこの別のものを故意に忘れようと欲したに不拘、一方の方を意志に反して忘れる様な結
    果を生じたのである。追想に對する忌避は、一方の内容に向つてゐたにかかはらず、追想不能は他の一
    つの事に於てあらはれたのでゐる。追想する事に對する忌避と追想の不能とが、同じ内容に關する場
    合は、これよりも簡単な場合であらうと思はれる。かく解釋して見ると、補充名は私にとつて最早以前ほ
    ど不當、不合理なものには見えて来ないのである。これらの補充名は(安協形成の形式に從つて)私が忘
    れようと欲したもの、及び思ひ出さうと欲したものとを思ひ出させる何かを忘れようとする私の企
    圖が完全に成就されたのでもなく、さりとても又全然失敗に終つたのでもない事を私に示すものでゐる。
    (e) 求められたる名と壓迫されたる題目(死と性慾々々の題目であつてその中に Bosnien, Herze
    gowina, Trafoi 等の名があらはれる)との間に聯絡のつくられる有様は非常に奇異である。ここに
    挿入した圖形は一八九八年の論説にあげたものを今一度出したものであるがこの聯絡を一目瞭然に示
    さうとしたものである。
    Signorelli なる名は、この場合二片に分解され一方の綴は (Celli) 補充名の一つ – Botticelli –
    にそのままの形であらはれて居る。他の一方の綴なる Signor は、 Herr と云ふ語への翻譯 (讀者註

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    (Verdrängte Gedanken)

    Sexualität

    Tod und Sexualität

    Was ist da zu sagen eh.

    Herr

    Herrzegowina u. Bosnien

    Signorelli

    Trafoi

    Botticelli

    Bottraffio

    「Signor なる伊太利語の獨譯は Herr である)によつて壓迫された題目中に含ま
    るる名との間に多數の種々の有機に於ける關係を得たのである, がその爲にこ
    れは再生されない事になつたのである。これの補充は移動が意味や綴の音の
    上の句切りを無視し『Herzegowina u. Bosnien』なる名の結合に沿うて行なはれたかの如き有機に於
    て起つたのである。だからして名はこの過程に於ては刺し繪に變化さるべき
    一つの文章の中の書かれれたる繪と類似の取扱を受けたる事になるのである。
    シグノレリなる名の代りににかくの如き徑路を経て補充名を作つた全機轉の
    進行に就ては意識には何等の通知も興へられなかつたのであつた、シグノレリ
    なる名の出て來た題目と、時間的に之に先立つてゐた壓迫さ
    れたる題目との間の關係及び同じ綴-
    と云ふよりも寧ろ同じ文字の連續と云ふべきものかも知れね-
    が補充名の中にあらはれて居ると云ふ事實以上に
    出づる關係は、差當り見出す事が出来ないやうに見えるのである。

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    再生及び忘却の條件は心理學者によつて、一定の関係及び素質に求められて居るやうであるが、これ
    らの條件は上記の說明と矛盾するものでないと云ふ事を述べる事は餘計な事ではないであらう。私共
    は唯だ「名の忘却」を惹起する要素としてすでに以前から認められてゐたものに、さらに一つの動機を
    一定の場合に向つて附け加へ、尙ほ記憶錯誤の機制を明らかにしたに過ぎないのである。かの素質なる
    ものは、私共の場合に於ても壓迫されたる要素が求めらるる名を聯想によつて支配し、この名を壓迫
    に拉し去る事が出来る様になるために缺くべからざるものである。好都合なる再生條件を具備して居
    る他の名では、この事は恐らく起らなかつたであらう。兎も角も、壓迫されて居る要素は、絶えず何
    處かで別の有機には現はれようと努力して居り、好都合なる條件がこれを迎へる場合にのみこの結果が
    達せられる事はありさうな事である。他の場合には壓迫が官能障碍を起さずして成就せられ、或は何
    等の症候なしに成就されると云つて差支ないのである。

    記憶錯誤を伴ふ名の忘却に對する條件は次の如く總括する事が出来るのである。
    (1) 名が持つて居る忘却への素質。
    (2) 直前に起つた抑壓の過程。
    (3) その名と以前に抑壓された要素との間に外聯合のつくられる可能性。

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    そしてこの最終の條件には、多分あまり高い價値をつけなくてよいであろう。何故なれば聯想に對す
    る要求が小さい場合にはこの條件は大多數の場合に滿たされさうに思はれるからである。處で他の一
    つのもつと深い問題は斯くの如き外的の聯想が實際に被迫的要素をして來むる名の再生を妨げさせ
    るに十分な條件となり得るかどうか、それとももつと深い關係が兩方の題目の間に存する事が必要な
    のではないかといふ事である。皮相な觀察をする人はこの後の方の要求を斥け、全然異種の内容のも
    のであつても、時間的接觸さへあれば十分であると考へるであろう。然しながら深く立入つて研究して見
    ると外的聯想によつて結ばれた二つの要素―壓迫されたる要素と新らしい要素―が尙ぼ内容上
    の關係を持つて居る事を見出す事が益々多くなつて來るのであつて、シグノレリの實例に於てもこの
    關係は發見されるのである。
    私共がシグノレリの例の分析に於て得たる認識の價値は、勿論私共がこの場合を定型的の出来事と
    して説明しようとするか或は箇々の出来事として説明しようとするかによつて、ちがつて來る譯であ
    る。さて、私は記憶錯誤を伴ふ「名の忘却」が非常に屢々シグノレリの場合に明かにされたと同じ
    有様に於て起る事を主張しようと思ふ、私はこの現象を私の觀察し得た殆んど凡ての場合に於て、前
    述の様に壓迫作用に原因するものと説明する事が出来たのである。尙ぼ私共の分析が定型的のもので

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    ある事を示すために、他の一つの観點を主張しなければならない。私は記憶錯誤を伴ふ固有名忘却の場
    合と補充名の出て来なかつた場合とは、原則的には區別の出来ないものであると信ずるのである。この
    補充名は一定數の場合には自發的に出て来るものであり他の場合には注意の緊張によつてその現出を
    強ひる事が出来るのである。そして斯くして泛び出た補充名は、被壓迫的要素並びに求めらるる名に對
    して自發的に出現したる補充名と、同じ關係を示すのである。補充名が意識される事に嚮つては、二つ
    の要素が決定的の意義を持つやうである、その一つは注意の努力であり、他は心的材料に固着せる内的
    條件である。私は兩方の要素の間に必要とせらるる外的聯合の作らるる事の難易は、後者に求むべきも
    のであると考へる。斯くして記憶錯誤のない名の忘却の場合の可なり多數が、補充名形成を伴ふ場合に
    加はるのである。「而して補充名形成の起る場合には、シグノレリの例に見らるる機制が適用されるの
    である。然しながら、私は固有名忘却の凡ての場合が、皆同じ群に屬せしめ得るものであると云ふやう
    な主張を大膽にもしようとは企てないであらう。確にもつと簡單な有様に起る名の忘却の場合もある
    のである。私共は實狀を十分注意して現示し次の如く云はうと思ふ。即ち「固有名の單純なる忘却の
    外に壓迫作用に原因する忘却も起る」と。